​絵本「アネモネ戦争」の、現段階での全文と

ラフ(下絵)の一部をご覧いただけます。(2019.10月 現在)

アネモネの花が、風にゆれています。

アネモネは、野に咲く花でした。

遠い遠いむかし、

ヨーロッパの地中海の近くで生まれたといわれています。

 

人々は、この花に「アネモネ」という名前をつけました。

ギリシャの言葉で、

「anemos」には、「風」。そして

「neos」には、「娘」という意味があります。

ふたつの言葉を合わせて「anemone」――それは、「風の娘」。

人々は、この花を、そう呼んでながめました。

01

野に咲くアネモネのなかには、花びらを散らしたあと、

その実のなかに、ひそかに、たくさんの種を作るものが

ありました。

 

そして種は、ある日、風にのって旅だっていくのです。

それを見ただれかが、そんな名前をつけたのかもしれません。

 

あちこちに舞い飛び、種の落ちたところで咲くアネモネは、

その種類を、少しずつ少しずつ、ふやしていきました。

 

小さな球根から育つアネモネもありました。

いろいろなアネモネが、いろいろな場所で咲きました。

 

夜になれば、虫の声をききながら眠ったり、

星や月をながめたりもしました。

 

人々は、アネモネの花をだんだん好きになっていきました。

しかし、それだけではありませんでした。

野で見るのではなく、

自分の手もとにおいておきたい、と思うようになったのです。

 

人々は、野に咲く花を堀りおこし、家にもち帰りました。

そして、風ではなく、人の手で

アネモネを植えて育てるようになりました。

02

やがて街中に、いろいろなアネモネの花が咲きほこるようになりました。

人々は、もっといろんな色や、いろんな形のアネモネの花を

咲かせたいと思うようになり、あれこれと工夫をして、

新しい種類のアネモネをいくつも作りだすようになったのです。

種だけでなく球根も手に入れ、

それらをかけ合わせ、どんどんと作り変え、

さまざまなアネモネが生まれていきました。

03

そんなとき、ある国の欲ばりな王様が、

その国でいちばんかしこいといわれている学者をよんで、

いいました。

「わが国だけに咲くアネモネを作れ。それだけではない。

それは世界でいちばんきれいなアネモネでなくてはいかん。

 

その花も種も球根も、私だけのもの、わが国だけのものだ。

作りかたの秘密は、決して、だれにももらしてはならん」

 

その後、王様が命じたような、美しいアネモネができた

といううわさが流れました。

でも、それがどんな花なのか、

その国の人は、だれも見せてもらえませんでした。

王様のアネモネは、ダイヤモンドの箱にいれられて、

塔の上で、家来たちに守られていて、

一日に一回、王様が水をやり、

王様ひとりだけでアネモネをながめている、

といううわさでした。

04

ところが、ある風の強い日のことです。

塔の上から、綿毛のようなものが舞いあがりました。

それは、アネモネの種でした。

 

秘密の方法で作った球根から育てられたアネモネでしたが、

アネモネの中にひそんでいた遠い記憶は、消えてはいなかったのです。

アネモネは、自分の力で種を作ることを、わすれてはいなかったのです。

舞いあがった種は、国境をこえて、となりの国まで飛んでいってしまいました。

05

王様は、種をとりもどそうとしましたが、

うまくいきませんでした。

それでも王様は、あきらめきれませんでした。あのアネモネを、

自分と自分の国だけのものにしておきたいと思った王様は、

なんと、となりの国の地面をめちゃくちゃにしてしまおうと考えたのです。

 

種が落ちても、地面がダメになれば、花を咲かせることはできません。

「アネモネの秘密を守るための戦争だ!」――と、

王様はいいました。

06

人々は、「戦争は、いやだ……」と思いました。

でも、王様はこわいので、黙っていました。

みんなが黙っているうちに、王様は、自分で勝手に戦争を始めました。

 

でも、どんな戦争がおこなわれているのか、

だれにも、よくわかりませんでした。

夜の海でピカッと光るものを見たという人や、

 

大きな森が、切り株だらけになっているのを見た、

という人はいるのですが、

どこでどんな戦争をしているのか、よく見えなかったのです。

そのうち、街のなかからは、少しずつ人がいなくなり

やがて、笑い声も少なくなっていきました。

それでもまだ、はっきりと「これが戦争だ」

とは、わかりませんでした。

 

人々は、いつしか、もっと黙るようになっていきました。

なにかを、自分の目でちゃんと見ようとすることも、やめました。

戦争について考えることも、やめました。

自分だけが安全だったらいい、と思うようになりました。

 

……でも、それこそが、「戦争」だったのです。

07

––––とてもよく晴れた、ある朝のことです。

晴れて、遠くのほうまで見える朝、

だれかを呼んでいる人がいました。

 

いなくなった人たちに、はなれていった人たちに、

なにかを、呼びかけているのでしょうか……。

「ここにいるよ」「答えて」「声をだして」と、

呼びかけているのでしょうか……。

「呼びかける人」は、少しずつふえていきました。

 

「呼びかける声」は、風にのって、

遠くへ遠くへと、はこばれていきました。

 

「呼びかける声」を聞いた人は、その声が、

自分の胸のなかに、深く根をのばすように

しみこんでいくのが わかりました。

 

そして、その人もまた、「呼びかける人」になりました。

08

青い空の下、風が吹いています……。

海や山をこえて、国境もこえて……。

 

切り株ばかりの森を、やさしくなでて……、

風が吹いています……。

 

声は旅をし、「呼ぶ声」の種を飛ばし、

声がとどいた場所に「答える人」が生まれ、

そこからまた、新しい「呼びかける人」が生まれました。

風に吹かれて

アネモネの花が、ゆれています。

 

「風の娘」

––––それが、

アネモネの名前です。

09

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